「私、バックパッカーでしたが、なにか?~90年代女パッカーの戯言」3

「いよいよ旅に出たは良いけれど、いきなり沈没って、いったいどうなのよ?!」

前回、シドニーでのワーホリ生活から旅に出ることになった私、それは1997年のことで、もうかれこれ15年も前のことじゃありませんか! もしも私がその時子供産んでれば、その子はなんと中学を卒業しちゃうんだよ。あらま。

そんな前のこと、ぼんやりとは覚えてるんだけど、残念ながら本当に断片的。

時々、宿とかカフェとか、行った場所の名前とかをしっかり覚えている人っているけど、ああいうの信じられないよ。すごいなぁ、としか言えない。

でもあの頃の私、偉いねぇ。ちゃんとマメに日記ちゃんを書いてくれてましたよ。

押し入れの奥に押し込まれた衣装ケースに、煩雑に詰め込まれた写真やらなにやらの中から出てきた1冊のノート。これこそ、シドニーを出た日から旅が終わるまで書いてた日記帳。おそるおそる開いてみると、ああ、そうだよなぁ、こんなの恥ずかしくて絶対に人に見せられないよ、っていう感じ。

シドニーでも日記をつけてたんだけど、まだ若かった私は読み返した時、あまりの恥ずかしさに捨てちゃったんだよね。そんなのたいしたことでもないのに、おバカだなぁって今なら思うけど、それもこれも若かった私のやったことだから、ま、仕方ないよね。

あれがあの時の私の精一杯だったんだな。

 

最近はブログとかフェイスブックやらで、旅のことを記すいうのが普通になってるんだろうけど、ブログとかと日記の違いは、もう本当に大きいな、って日記を読み返すとしみじみ感じる。

ブログだと、やっぱり誰かに見せるために書くじゃいない? 

フェイスブックなんか、もう顕著に、「いいね!」 とかコメントをもらうためのネタを探して載せちゃうとかね。そうなるとさ、やっぱ、どこかつまんなくなっちゃうんじゃないかな。だってさ、旅って、パーソナルなものであればあるほど面白いって、思うからね。

もちろん、それでも自分をさらけ出して面白く書ける才能のある人って世の中にはいるんだろうけど、自分の秘め事みたいなことを書く日記は、やっぱり特別だなって思うんだ。

だからこれから旅に出ようっていう若い人には、ブログとかフェイスブックは書かなくても、日記を付けると良いよって。それも手書きが良いんじゃないかな。筆跡で精神状態も思い出したり出来ちゃうからね。

 

ま、時代は、どんどん変わるから、これはひとつのおばさんの戯言だって思って、面白そうと思うならやってみてちょうだいね。だって、私が今の時代のばりばり現役バックパッカーだったら、多分、ブログとかフェイスブックだもんね、やっぱりさ。

 

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日記はこんな具合に付けてたんだけど、すでにかなり恥ずかしいよね。(アハハ)

はじめは気合いを入れて、勉強にもなるし全部英語で書こうってがんばってたんだね、私。途中で挫折して日本語だけになってるんだけど。何しろ、自分の書きたいことをすらすらと書ける英語力なんて無いからさ、ま、賢明な判断だな。 

 

さてシドニーを旅立つ直前には、1年くらい生活をしている中で出会った人たちとのお別れにまわったんだね。最後の月にそうしてたって自分ではあんまり覚えて無いんだけど、写真が出てきて、懐かしくなっちゃった。

 

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シドニーに行って、始めたことの一つはスポーツジム通い。

そのジムにはテコンドーのクラスがあって、途中からそちらが中心になったんだけど、今でも時々自分でトレーニングするときには、この時に教えてもらったメニューが基本になってるんだなって思う。この写真に一緒に写ってるのが、トレーナーのクリス。彼には、マシンでなくて、自分の体重で負荷をかけるトレーニングを中心にする方が、美しい体になるんだよって教えてもらったんだよなぁ。

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1年間お世話になった寿司屋さんのオーナーご夫妻と、スタッフの女性。この寿司屋さんとの出会いがなければ、私のワーホリ生活は全く違うものになってたんだよね。本当にラッキーだったな。

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友人たちとのお別れ会。インターネットのない時代、すでにみんなとの連絡は途絶えてしまった。みんな今頃どうしてるかなぁ。(コレ読んだら連絡くださいな)

 

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この3日後に旅立つんだけど、あらま、こりゃ、何にも考えてないねぇ……。

 

そんな風にして、シドニーの日々を終えて空港に向かった私。これからニュージーランドに行くっていうんで、ワクワクしてたか?っていえば、実は不安でいっぱいだったんだな、これが。

相変わらず何にも予定を決めてなかったし、なんともニュージーランドのことをちゃんと調べることをこれっぽっちもしてなかった。行ったら何とかなるさ、って思っていたものの、どうするのさ!って空港に向かいながら、ああ、このままシドニーにいたいよぉって怖じ気づいていたんだよ。

しかし超ラッキーなことに、空港でシドニーで出来た友人とばったり会っちゃったんだな、これが。彼は私と全く同じ日にシドニーにワーホリで来ていて、私と同じくビザのぎりぎりまで滞在して、そして何ということでしょう、今から全く同じ飛行機に乗ってニュージーランドに行くというではありませんか!

そして彼はシドニーで出来た友人を訪ねてハミルトンって街に行くっていうんで、なんとも図々しい私は、一緒に行ってもいい?って。そりゃ、嫌だって言えないよねぇ。ちょっと困ってたんじゃないかなって、今更ながら思うんだけどさ。

だって人の家に泊まりで遊びに行くのに、急に女の子を一緒に連れてくってさ、ちょっとどうかと思うよね。でも全く空気の読めない私は、これで一安心っていう感じで、連れて行ってもらうことにしちゃったんだよね。まったくひどい話だよ。

そんな風にして友人について行っちゃって、ハミルトンに2泊したんだ。そこは大家族のおうちで、私なんかが急にくっついてきても何とも思わず歓迎してくれたんだよね。

そこのおばあちゃんは、私には孫が47人もいるんだよ、って嬉しそうに話してくれて。Waitomo caveを案内してもらったり、夜は夕飯後、ギターを弾いてみんなで歌ったり、本当に暖かいところだったなぁ。

 

でもさすがに、私もこのままいつまでも友人にくっついて行くっていうのは気まずいって思ってね、温泉町という響きに惹かれて、ロトルアにとりあえず行ってみようって決意。

この頃の日記を読むと、恥ずかしいんだけどさ、シドニーに残してきたボーイフレンドのことをずいぶん書いてるよね。彼は今頃何してるのかしら、明日は電話しようかな、とかね。なんともカワイイねぇ。結構寂しくて、不安だったんだな、私、なーんて。

でも困ったことにね、若い女の子にありがちなんだろうって思うけど、日記を読んでると、日に日にそういうのが薄れていくんだ。読めば読むほど、なんだこの女!かなりむかつくよね。本当になんだろうって思うよ。

この頃からだな、自分はもしかしたら惚れっぽいんじゃないかって思うようになったのは。特に旅先ではね。まっ、もとが小心者だから、だからといってその道で極めるなんてことも全然無かったんだけど、それやってたら、また面白かったかもね(笑)

 

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バックパッカーの言葉に「沈没」っていうのがあるのを後で知るんだけど、私のはじめの沈没は、このロトルア。あらま、いきなり沈没かよ。

 

飛行機のチケットは、あらかじめある程度の予定を組んで予約してあって、ニュージーランドは2週間だったんだけど、結局、そのうちのほとんどをロトルアで過ごしちゃった。多分もしこれが旅の後半だったら、だらだらともっとニュージーランドで過ごしてたんじゃないかって思うけど、まだ、この頃は飛行機の予約の予定通りに行こうっていう気だったんだね。

 

ここロトルアでは2回宿を変えてて、出来るだけ安いとこにっていう感じで移動してたんだけど、3つめの宿で日本人のワーホリの人とかバックパッカーに会って、それが沈没の原因のひとつだったんだな。

 

ロトルアの良いところは、安宿にも温泉があって南十字星なんかを見ながら夜な夜な温泉に入れるワケ。シドニーではシャワーだけで、お風呂に入ることなんて無かったから、お風呂に入れるってだけでも幸せなのにさぁ、温泉だよ、温泉。そりゃ、はまるでしょ。

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本当にすごい温泉地で、硫黄の臭いが街中に漂ってたなぁ。

 

ここで出来た友達とあちこち出かけて、ああ、旅ってなんて楽しいんだろう!って。あんなに心細くて不安がっていたのに、どうしちゃったんだろうっていうくらいに。

温泉は基本的には水着着用で男女混浴だったから、みんなでワイワイ語り会いながらお風呂に入ってたね。ああいうのも仲良くなるきっかけになったんだと思う。

 

日記を読むと、“会う人会う人みんながすごい!”って、書いてあるね。“自分の知らないことをみんな知ってて、話を聞くだけでなんて面白いんだろう!”って。“私は知らないことばっかりで、こんな風にして、一生勉強していかなくちゃいけないな”って。

実際には、I shold study so hard forever って、英語で書いてる。

ああ、まだまだ純粋だねぇ、あやういねぇ、若いねぇ、いいねぇ。

 

IMG_2867.JPGニュージーランドには、フィッシュアンドチップスのお店のランキングみたいなのがあって、ここはその年か前年かに、上位になったお店だって。新聞紙に大量のフィッシュアンドチップス。これがめちゃめちゃおいしくてね。

 

実はね、ここはある日本人の男の子と一緒に行ったんだけど、私もボーイフレンドがいるし、彼にもガールフレンドがいるっていうところで、でもちょっとなんだか淡い気持ちを抱えて時間を過ごしてたなぁ。

 もちろん、これっぽっちもなーんにも無かったけれど、旅の間にはそういう、現実的にフィジカルな意味ではなーんにも無いけれど、ちょっぴり恋心みたいなものを抱えて時間を共有するっていう、特にほとんどしがらみのない時代、若い頃のそういうのって、本当にいいよねぇ。

何とも、日記によりますると、ロトルアを出てオークランドについた私は、そのロトルアで出会った彼に電話をかけているんですな。そして、その彼も翌日私に電話をかけてくれているんですなぁ。宿に電話をかけて呼び出すってやつですよ。フムフム。インターネットのない時代だから、そういう電話っていうのがちょっと懐かしい感じだけど。笑)

 

恋人がいてひどい!って、いわれるかもしれないけど、だから、なーんにも無いんだよね。自由な旅の空の下で、ほんわかあらわれて消えていく恋心。

これが旅のスパイスになる、、、。 あ、でも、今のこんな時代、そういうのがちょっと厳しくなっちゃってるのかなぁ、もしかして。タバコも酒も飲まず、清く美しいことがタイセツであるっていう雰囲気があったりしちゃうものね。どうなのかしら。

 

とまあ、今だからこんなことも人ごとみたいに書いてるワケだけど、その頃の私はあんまりちゃんとした自覚なくってさ。若い女の子が旅をするときには、きちんと「私は若い女の子です」っていう自覚を持たなくちゃいけないんだっていうのは、後々いろんな意味で学ぶことになっちゃうんだけどね。ま、その話は追々出てくると思うよ。

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本当にどうしようもなくあぶなげにスタートした旅だったんだけど、とにも、かくにも、いつもの行き当たりばったりで楽しんでしまったニュージーランド。

 

ロトルアからオークランドに戻った時には、すでにロトルアが懐かしくってね。

シドニーで空港に向かう時に、ああ、このままここにいたいって思っていた自分は、ドンドン遠くなっていく感じがしてたな。

毎日、毎日、自分の中の細胞のひとつかふたつくらいが、すっかり入れ替わっていくような、そんな感じで、多分このままでいくと、自分はすっかり違う人間になってしまうかもしれない、とも感じたりして。

 

実際には、自分がすっかり違う人間になってしまうなんていうことは、残念ながらというか、全くなかったんだけど、価値観が変わっていくみたいなものとか、アイデンティティを感じるということでは、きっと、シドニー生活の時からこの旅を通じて、少しずつ、目に見えないところで起こっていたんだと思う。

 

これは別に日本にいたって、環境の変化などで起こるんだとは思うけど、あの頃の私が旅を通じて得た価値観っていうのは、今の自分にはかけがえのないものになっているな、っていうのは、良くも悪くもあるな。

 

それにしても、あの頃の自分を思い出して文章を書くっていうのは、何とも胸の奥がむずがゆいもので、あの時の不安とか、嬉しさとかも、体いっぱいにあふれそうになるんだねぇ。

 

そんなわけでして、ニュージーランドからスタートした旅はこんな具合。

これじゃあ、まだまだバックパッカーとはちょっと言いづらいんじゃないかな。この後、バリに行くわけだけど、私がバックパッカーらしくなっていくのは、多分、このバリくらいからではないか、って思うな。 < 続く >

 

 

※ライターはイカシタ旅人が集まる、東京中野の「やどやゲストハウス」の女将です

http://www.cheap-hostel-tokyo.com/japan.php

Japan Backpackers Link 2012年1月18日 01:10 PM
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