「私、バックパッカーでしたが、なにか?~90年代女パッカーの戯言」4

「旅をすればするほど、旅人になっていっちゃうんだっていうことかな」 

 

一人旅って、なんなんだろうね。

 

日本で言うと、ちょっと前までは、田舎の温泉旅館に女一人で泊まったりしたら、自殺するんじゃないかって言われてた時代もあったなんてこと、今、この時代になってみると、ちゃんちゃらおかしいぜ、って感じだものね。

もうかれこれ20年近くになっちゃうけど、高校時代、制服姿でおっさん連中に混ざって定食屋でご飯食べてた時、当時私はかなり浮いてたみたいだけど、今、そんなの当たり前でしょ。おひとりさまで、ご飯なんて。

 

そんなこんなで、なんていうか、ちょっと考えてみたんだ。

 

一人旅にむいている、素質があるとか、っていうのは、性格とかそういうのもあるのかもしれないけど、それだけじゃないよな、じゃあ、一体なんだろうって。

結局は、我ら単なるごくつぶしバックパッカーは、社会から離れて生きてるなんて気取ってるようでいて、実は知らず知らずに時代にどっぷりつかって、ごくつぶしの日々を送ってたんだって。

そんでもってね、今の、この時代の、ニッポン人であるということは、バックパッカーになれる為の土台はすっかり整っているんだよね。ただ、やりたいかどうかってだけのお話で。

でもね、あの頃の私はそんなことはもちろん考えちゃいない。こんな気弱な私だけど、実は一人旅の素質が実は案外あるのではないか、と勘違いをはじめたんだな、これが。

 

そんなふうに思い始めたのが、インドネシアのバリに行ったあたり。

ニュージーランドではずっと現地で出会った日本人と一緒に過ごしてたんだけど、インドネシアではいわゆるバックパッカー的な体験をし始めちゃった。多分あのころの時間が、その後の私の人生の方向を、角度にしたら0.1度くらいはどっちかにそらしたんだって確信してる。

だって、旅の、本当の面白さを身にしみて知っちゃったんだから。

 

ニュージーランドを後にした私は、まず、バリのクタに。クタといえば、世界でも有数の観光地。私も例にもれず、しっかりビーチとか安くておいしいご飯とかを楽しんだりしちゃうわけですね。

 

特に私が行った1997年という年は、タイを中心にしたアジアの通過危機のおかげでインドネシアルピーも非常に安くなってたんだ。ついでに火山も噴火しちゃったりして大変でね。おかげで、なんて言うと不謹慎なんだけどさ、でもバックパッカーにとっては、これは、あと1ヶ月長く旅ができるっていうくらいにメリットがあることだからね。今、ユーロとか、めちゃめちゃ安いから、ヨーロッパ行きたいなぁって思っちゃったりするでしょ、ね。

こんな具合に、のびのびね。↓

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クタでは宿で会った日本人などと一緒に過ごしたりしたんだけど、やはりその辺で出会った地元のお兄ちゃんに、パダンバイっていう港町で宗教的なお祭りがあるって言うのを聞いて、みんなで行ってみることなったんだ。

 

残念ながら、この頃、カメラがいかれてて、写真がほとんど無いんだけど、あの、お祭りは、いろんな意味で今でも思い出すとぐっとくるものがありますよ。

 

地元の人にとっての特別なお祭りで、夜10時くらいに、山を登っていくんだけど、そこに訪れる人たちは熱心がヒンズー教徒で、観光客とおぼしき人間は私たちだけ。山を昇るのに、700段くらいの階段を一歩一歩昇っていく途中に、お参りの人たちがいっぱい両脇に座っていたりして、彼らは、ほぼ例外なく私たちに視線を注ぐ。ときおり、なんでおまえたちがいるんだよ、ってかんじでにらみつけてくる子供もいたりしてね。

山の頂上にはお参りするための場所があったんだけど、さすがにそこには入れず、というか、もう自分たちがそこにいても良いものなのか、っていう雰囲気があたりに満ちていて。その一方で、空は素晴らしい星空で、流れ星が横切っていく。

地元の人たちは、どうもそこで夜を明かすらしいんだけど、もちろん私たちは少しして下山。

日本にも初詣とかってあるけれど、あんな風に、特別な雰囲気を醸し出してはいないんじゃないかな。外国人っていう立場でみると違うのかもしれないけど、それでも、あれだけ生々しく、人間が生きている空気、っていうのは、日本ではなかなかか感じられないんじゃないかな。

 

シドニーでも、様々な人種や違う宗教の人がいて、そういうことについて考えることもあったけど、この時も宗教とか、人が生きるってことについて、なんか圧倒されたような気がしてね。頭では考えられないんだけど、うわって感じだよね。

 

そんな体験をパダンバイでしつつ、今度はそこで出会った別のインドネシア人のお兄ちゃんに、僕と一緒にロンボックに遊びにおいでよ、って誘われて、それじゃ、っていうことで、それまでロンボックなんていう島のことも知らなかったけど、行っちゃうことに。

バリあたりのお兄ちゃんたちは、ところ構わず、優しいことを言って、時に口説いてくるんだけど、1,2日もいるとそういうのにも慣れて来て、そういう話もしながらでも友達になれるっていう感覚がつかめるようになると、なんだか楽しくなるよね。ま、調子に乗ってるって言われれば、そうなんだけど。

ロンボック島では、お兄ちゃんの家族の家にホームステイ。そこのお父さんは3人の奥さんがいて、30人の子供がいるっていう大家族で、滞在中、バイクであちこちにいる家族のところにつれて行ってもらったなぁ。日本人を見たことがないから連れて来い、って言われたりもしてね。

ロンボックではそんな具合に、これと言って特別な観光みたいなのはしてないんだけど、家族に混ざってご飯を食べたり、近所の人や親戚とかと話し込んだり、そんな時間を過ごしてあれがやけに楽しかったな。

 

でも日本人が金持ちであるという認識は、ある部分間違ったイメージとして持っていて、私が日本に帰ればお手伝いが何人も家にいて、という生活をしているに違いないって思っててね。どこに言ってもそういうことを聞かれたな。確かに日本で稼いだお金をそのまま持って行ってあそこで暮らせば、そんな暮らしも出来るんだろうけどさ。

 

日本では私は身分も仕事もたいしたお金もない、ただの貧乏人なんだっていうことを説明するのは、多分、言葉で言えても、本当の意味では伝えられないだろうなって思って、そうでもないんだけどね、って笑ってたな。

 

当時の日記を読み返すと、お金が無いのに、そんなことは気にしない彼らの幸せそうな日常を、いいなぁと思っている自分の気持ちが綴られてるんだけど、あれからもう15年、今頃、みんなどんな生活をしてるんだろう。

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カメラが壊れてて、こんな写真しかないんだけど、家族のみんなと記念写真。

 

結局、ロンボックでは5日間もホームステイさせてもらい、港町のパダンバイに戻った。ロンボックの家族のみんなは、このまま住んじゃえば良いのに、仕事も見つけてあげるよって言ってくれて、そういうのも悪くないな、って考えたりしたけどね。

 

パダンバイに戻ると、宿やレストランのみんなは私のことを覚えてくれていて、そして相変わらず口説いて来て、だからダメだっていってるじゃん、なんていう冗談を言えるのが、なんとも嬉しかったな。

そのようにしてね、旅にドンドンはまり込んでいってるってことに、まだ私はあんまり気がついてなかったけど、インドネシアでは毎日が面白くて新しくて、とにかく楽しんでたな。多分、あんなにモテたっていうのもはじめてだし、誰にでも言うんだって分かってても、悪くないよね。

そのあとは行ってみたかったウブドに行き、バリ島のもってる空気の密度の濃さみたいなのをあらためて感じたり。ちょっと長くなったからウブドのことは書かないけど、写真はなんとかこれが残ってました。

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最後はバリの州都であるデンパサールに。デンパサールでは何人かの日本人に出会って、恋バナをしたりもしたな。そのうちの一人はジョグジャカルタで睡眠薬強盗にあっちゃって、大変な思いをしてて、あ、やっぱ、怖いんだななんて思ったりもして。

インドネシアからの旅立ちは、はじめはクタに戻ってゆっくり空港に行こうかと思ってたんだけど、デンパサールがなんとなく良くって、直接空港まで行くことにしてね。

 でもそれが大変。あの頃の私は、歩ける距離は歩くっていうバカみたいな信念を貫いていて、めちゃめちゃ暑い中、空港行きのバスターミナルまで歩こうとしてね。しかもなんといっても、そんなことする割に方向音痴で、思い切り迷ってさ。

結局、飛行機に遅れたらそれこそバカじゃん、ってことでベモに拾ってもらい、バスに乗り込み、なんとか空港についたのはフライトの出る30分前。あ、ダメかも、と思ったら、火山のスモークの影響で出発が遅れてるってことで、全然間に合っちゃってね。

今ならあんなバカなこと絶対しないんだけど、なんだろうねぇ。若かったのかなんなのか。しかもそこで運良くなんとかなっちゃうっていうのが、また勘違いの元で。あれ、私って、旅人に向いてる、なんて思っちゃうわけですよ、これが。

 

はじめにも書いたけど、多分私はこのインドネシアで、人生の方向の角度をほんの少し変えたな、って思ってる。

 

ま、そんなものは、日々の暮らしの中でもユラユラしているんだろうけど、私みたいな脳天気な二十歳そこそこの女子が、ザ・ニッポンの価値観から離れてみるには、このインドネシアの旅のようなこと、あとこれから深みにはまる旅の日々が必要だったんじゃないかって。

だから、わたしって旅に向いてる、うふふ旅人っ!みたいに思っちゃって勘違いしちゃったのも、そんなに悪くないな、ってね。ま、それは帰国後に痛い思いをすることにも繋がっちゃうわけですが。

 

さてこの連載も4回目ですが、ここまで来ると、だいぶ立派なバックパッカーに成長しつつありますねぇ。でも、ノープランでも、きちんと飛行機のスケジュールにあわせてるっていうのが、カワイイところ。

 

次回は物価の高いシンガポールに飛ばなくちゃ行けません。うーん。

 ※最後までお読みいただきありがとうございます。第一回からは、こちらで読めます。

  http://backpackers-link.com/girls/

 

Japan Backpackers Link 2012年3月 6日 01:30 PM
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