Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE in TOKYO Opening Party report!

http://backpackersjapan.co.jp/nui/
http://backpackersjapan.co.jp/nui_en/

 

 

Beyond all borders.

あらゆる境界線を超えて、人々が集える場所を

 

17時開場 17時30分スタート!

 

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2012年 9月9日

16:30 フライング気味にNui.に着く 

 

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16:33 世界中のどこにもなかった、新たなドアが開く

 

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16:35 Nui.のベストシートにゴロゴロする、名古屋からきた女子

 

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16:38 全国から届いた花々と共に “その時“ を待つ人々

 

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16:40 旅を愛し、旅を支え、自らも旅に出る

そしてまたここへ戻ってくるスタッフたち

 

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 16:45 やれることはすべてやった 最終スタッフミーティング直後

 

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17:00 開場

 この辺りには、1号店であるゲストハウスtoco.の常連も

パーティーが待ちきれず、前泊してお手伝い、暖かいコミュだ

 

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 17:02 このNui.を手がけた、棟梁(向かって左)と空間デザイナー

 

IMG_0519.JPG渡部屋 代表(ミラクル男気棟梁) 渡辺雅寛 http://watanabe-ya.com/

空間デザイナー 写真家 旅人 東野唯史  http://t-azuno.com/

 

 

17:15 乾杯のためのシャンパンがふるまわれた

 

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17:16 「何か」が生まれ解き放たれる瞬間を待つ人々

 

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 17:18 2階~6階までの宿泊部分を案内してもらった

 

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 17:19 角部屋のベストルーム 手作りのランプシェード 

このダブルの部屋からは、隅田川を行き来する遊覧船や屋形船を望める

 

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16:21 本当にいい笑顔をしていた

 窓から顔をだすと 経営陣のひとりである桐村氏と目が合う

 

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 17:29 「みんな、聞いてくれ!」

 

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17:33 Backpackers' Japan co.,Ltd 代表取締役 本間氏より、

感謝の挨拶とホステル名Nui.の説明 

そして、、、 

 

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17:34 この瞬間を待ちわびていた人々の想いも解き放なたれる

 

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 17:35 このバーラウンジを仕切る古里氏より 挨拶と号令が!

 

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 僕はもう、この後のことはあまり覚えていない

ただ、「何でそんなに嬉しそうな顔をしてるんですか?」と何回も訊かれ

何度も、「みんな同じだよ、笑顔は連鎖するから」と答えた

 

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 それぞれに、ボーダーを超えていく人々

 

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 下は小学生から 上は60歳オーバーの方々まで 

あっという間に話が弾み Nui. ファミリーが拡がっていく

 

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 遠方から来た関係者の家族も

 

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 18:30 すでに入りきれない人々が溢れた

 

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19:55 来場者はトータルで300人強はいたのではないかと思う

 

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やっぱり こんなホステル見たことないよ 

国内外の人々が交差する "時" を提供する場所

 

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 なんだよ、いったい この空間、最高じゃないか

 

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 外から眺めているだけでも伝わる あったかい空気感

 

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 そろそろパーティーも終盤になってきた 

日曜日にもかかわらず誰も帰ろうとしない

 

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 とにかく女子が元気だった

 

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 このバーラウンジに鎮座する大木は、何かの象徴なのか

色々と考えてみたが存在感がありすぎて 

その意味が解るまで通ってみよう

 

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 それぞれに、お気に入りのポジションをみつけて楽しむ集いし人々

 

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 素敵な女子が集うNui.のバーラウンジ

眩しすぎて緊張した

 

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 厨房設備がシッカリとレイアウトされている

フル回転のスタッフ フードがとても美味しいと評判だった

 

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 近隣ゲストハウスのマネージャーや女将もお祝いにかけつけた

 

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グランドピアノがあり、ピアニストが演奏する

運が良ければ、ミヤさんの美声が聴ける日もあるのかな?

経営陣の1人である宮嶌さんの存在そのものがブランディングでさえある

 

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 まだまだ熱気はおさまらない

 

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 もちろん 泊まらなくてもバーラウンジのみの利用も可


できることなら宿泊して 

めぐり合う時間の流れに身をゆだねて 出逢いを楽しみたい

 

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  運営会社 : Backpackers' Japan co.,Ltd

 1号店 ゲストハウス toco.  http://backpackersjapan.co.jp/

 2号店 Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE http://backpackersjapan.co.jp/nui/

 上記HP作成 他 経営陣の1人である ウェブデザイナー石崎氏

 

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 僕が何かを多く語るよりも、その空気感の中に身をゆだねて体感してみてほしい

 文・写真 Japan Backpackers Link  代表  向井通浩

 

Japan Backpackers Link 2012年9月11日 11:23 PM

旅アガーデン2012~身近な海外を知ろう、たびに出よう~ (旅の写真+ビアガーデン)

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3日間に及ぶ「旅アガーデン」の最終日に、東京のゲストハウスオーナーがスピーカーとして集まりました。

『東京ゲストハウス・旅対談 トークセッション in 品川』

2012年8月8日 宿場町 東京品川 フリースペース楽間 http://www.rakuma.net/

テーマ 「近くの宿、遠くの宿」

【ゲストスピーカー(敬称略)】

カオサンゲストハウス(浅草)小澤弘視  http://www.khaosan-tokyo.com/ja/

やどやゲストハウス(中野) 山本真梨子 http://www.cheap-hostel-tokyo.com/japan.php

ゲストハウス品川宿(品川) 渡邊崇志    http://bp-shinagawashuku.com/index_jp.html

1年8ヶ月世界一周 写真家 栃久保誠 http://www.tochikubomakoto.com/

【おまけの飛び入り】

Japan Backpackers Link 代表 向井通浩  http://www.backpackers-link.com/

バックパッカー新聞 発行人・編集長 同 上  http://www.mag2.com/m/0001521550.html
 

【進行】

地球の歩き方 訪日外国人向けフリーマガジン「GOOD LUCK TRIP」 広瀬正剛

http://www.goodlucktrip.jp/

【主催】 ゲストハウス品川宿  東京都品川区北品川1‐22‐16

 

30名程の旅好きゲストハウスフリークが集まり、タンドリチキンを肴に品川懸生ビールを飲みながら賑やかにスタート!20代から50代まで幅広い層で盛り上がった!

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会場をぐるっと囲むように、写真家 栃久保誠さんの素敵な写真が展示されており、来場者の旅マインドがUPする雰囲気。

 

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左から(敬称略)カオサン 小澤弘視  やどや 山本真梨子  品川宿 渡邊崇志 JBL 向井通浩

 

プログラムは、

① バックパッカーって何? 多様化し多様性をおびた近年のバックパッカー事情

② ゲストハウスとは? 海外にはどんなタイプがあるの?

③ バックパッカーと旅のネット予約について 安宿やLCCについて

④ 世界的に有名な海外の安宿エリア事情 その成り立ちと存在意義

⑤ 海外にある日本人宿って何? 成り立ちや背景 日本人宿論

⑥ バックパッカーって海外のゲストハウスにどうやって泊まるの?変遷と現状把握

⑦ 世界各国や地域でのゲストハウス(安宿)の呼び方やスタイルについて

⑧ 1年8ヶ月世界一周写真家 栃久保誠さんによる世界の素敵ゲストハウス紹介

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前列左から(敬称略) マイク 栃久保誠  中央 広瀬正剛  右 品川宿番頭 

 

⑨ 国内の様々なスタイルのゲストハウスの現状や増加の状況について

⑩ 国内のゲストハウス同士のつながりで出来ること

⑪ 東京入谷のゲストハウス「toco.」論 いかにオープンし、なぜ支持されたのか?徹底分析&解説

⑫ 浅草・中野・品川の各ゲストハウスの特徴や宿泊層・予約の入り方や滞在日数

⑬ ゲストハウス運営側(日本)にとっての海外のゲストハウス・ブッキングサイトについて

⑭ 現状の国内外の旅人からの予約の入り方 外国人と日本人の比率 コントロールについて

⑮ 旅人用ゲストハウスがそこに存在することでの地域への効能と拡がり

⑯ 海外でのインバウンド(外国人観光客&バックパッカー集客)の成功例 紹介と解説

⑰ これから日本でゲストハウスをやりたい人は、どこでオープンすればいいの?

⑱ 500万円で始める20ベットゲストハウス論 3つの法律と100㎡の壁について

⑲ ゲストハウスが地域でできること 町興し&地元とのコミットメント

 

その他3名のゲストハウス関係者さんからの有意義なお話もありました!

※ 今年10月「ゲストハウス蔵」オープンに向けて長野県須坂市で古民家リノベ中のオーナー山上万里奈さんのお話し なぜ須坂市だったのか? 物件の探し方など。

※ 長野県北安曇の古民家ゲストハウス「梢乃雪(こずえのゆき)」オーナー辰巳和生さんの今後の展開と方向性のお話し 人口3000人の信州小谷村でいかにゲストハウスを初め、いかに運営しているのか。 http://kominkasaisei.net/

※東京No.1ゲストハウス(ホステルワールド・アワード)に輝いた、カオサン東京歌舞伎店(浅草雷門)マネージャー馬込将日児さんによる、「国内外の旅人に愛されるゲストハウス運営の取り組み」と「地域や宿泊客以外の日本人と外国人宿泊客のマッチングの仕方」についてレクチャーいただきました。

※その他にも終了後に場外乱闘編として、カオサン東京ゲストハウス忍者店マネージャー、金ミネさんからもお話を伺いました。外国人マネージャーだからこそ知りえる、「実は来日する外国人バックパッカーが日本でしたい本当のこと、あれこれ」をコッソリ教えていただくチャンスもありましたよ。 ^^/

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2時間30分に及ぶトークセッションでしたが途中で帰られる方もなく、熱心にメモを取られる方も数名いらっしゃいました。

この内容が無料なんて信じられない!という参加者まで。

Ustや録画されていなかったのが本当に残念です。
しかし、それらが無いからこそ、本音でかなり深いところまで話せたのではないかとも思います。

一ヶ月間のモバイル無しバックパッカーから帰国したばかりで時差ボケ中の山本真梨子さんの爆笑旅トークには若い女性参加者も興味深々。

この時期によく一ヶ月も休めますね?の問いに、「旅に出るために宿やの女将してるんですよ!」、「スタッフに、何があってもあんたたちで何とかしなさい」って遺言を残して毎回旅にでるそうです。
だから、ノーモバイルで、最小限しかネットにはアクセスしません!とのこと。笑

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「トークがノってきて、突然歌いだした小澤氏、顔を押さえる山本女将、苦笑いの渡邊さん、輪をかけて悪乗りする向井」、じゃないんですよ。やっぱりギリギリトークの裏話が一番おもしろいんです。笑
だからこそ、参加してくれた皆さんも最高の笑顔。

素敵な場を提供してくれ、普段からここ品川地域の発展に尽力されている、主催者の品川宿渡邊さんだからこそ創り出せる空気感。その中で旅好きと地域の方々が集まり本当に有意義な2時間半となりました。

また、私の脱線トークにも笑顔で対応して下さり場のコントロールをしていただいた進行の広瀬正剛氏に感謝したい。

 

『品川宿紹介』
 

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地代の高い品川で3000円~というのは嬉しい。 個室3500円~はむしろ安いくらい!

 

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目の前は東海道。昔から道幅も変わっていいないそうだ。 昔は宿の目の前が海だった。

 

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窓から東海道を望む和室3人部屋 畳に布団は外国人にも大人気! 大きな窓が3面にある特等部屋。

 

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レトロなタイルが可愛いと女子にも人気!

 

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共有のリビングルーム。 居心地が良すぎて、ついつい滞在が伸びてしまうそうだ。

 

ゲストハウス品川宿 東京都品川区北品川1‐22‐16  TEL 03-6712-9440
               HP 
http://bp-shinagawashuku.com/index_jp.html

 



 

Japan Backpackers Link 2012年8月 9日 09:22 PM

 

 ※この記事は、週刊 「バックパッカー新聞」掲載のものです。 
 ※特に反響が大きかったのでスピンアウトさせて、こちらに写真付きで掲載しました。

 

~タイ最大の難民キャンプで生活する人々、現地で知りえた難民問題の複雑さ~

        文・写真   獨協大学外国語学部英語学科4年 佐藤慶一 @k_sato_oo

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私は、2012年2月26日から3月6日まで、学生難民支援団体J-FUN Youthのビルマ・タイプロジェクトを通じて、タイやビルマに赴き、SVA(シャンティ国際ボランティア会)のご協力で、タイのターク県にあるメーラ難民キャンプを訪れることができ、貴重な経験となりました。

これが掲載されているのはバックパッカー関連の媒体ですが、バックパッカーたちがここを訪れたいからと言って、入ることができるという場所でないということは理解いただきたい。
今回は、あくまで経験のシェアという形で読んでいただければ幸いです。

 

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改めて、私たちが訪れたのは、ビルマ難民が生活しているタイ最大のキャンプであるメーラキャンプです。
タイにある9つの難民キャンプの中では、最も歴史のある場所で、最も規模の大きいキャンプです。1984年にカレン民族同盟が(KNU)が陥落したことを機に、ビルマ難民がタイに押し寄せました。これが、メーラキャンプの始まりです。

キャンプ内にいる人数は、食料配給を受け取っている人が約46,000人(TBBC)そのなかでも難民認定を受け取っている人が約28,000人(UNHCR)とのことです。その中で92%がカレン人、3%をビルマ人が占めています。

 

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日本が2010年から開始した、第三国定住プログラムのパイロット事業において唯一の対象キャンプです(2013年よりウンピウム・難民キャンプからも受け入れることが決定)。

キャンプ委員会のある建物に入ると、袋が山のように積まれていました。先進国からの支援かと思いきや、難民キャンプに住んでいる難民から、同じキャンプ内で生活している難民への支援だそうです。ここで、ぼくたちはキャンプリーダーから話を聞きました。

 

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■難民キャンプでの援助活動や運営

まず、お伺いしたのは難民キャンプでの支援活動や難民キャンプの運営についてです。難民キャンプ内の運営は、難民キャンプ委員会が自主的に行っており、その下には食糧配給、水・衛生、保険・医療、教育等の小委員会があり、援助を受け持って機能しているとのことです。

また、委員会のメンバーは、2年枚に選出されることや、難民キャンプは、タイ内務省、県庁、郡庁、森林庁といった行政組織とタイ陸軍の監督下にあるという事実も知ることができました。

 

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■難民キャンプ内の保健と医療

次に伺ったのは、難民の方の懸念事項でもある、保健と医療についてです。

これについては、現在、6つの国際医療NGOがキャンプにて活動し、キャンプ内には病院と診療所がそれぞれ設置されており、病院には入院設備が整えられているとのことでした。

しかしながら、重病のケースの場合には、キャンプ内での対応が難しく、最寄りの町の病院で治療を受けることになってしまうと言っていました。
また、キャンプ内における公衆衛生や水についても医療NGOが分担をして支援活動を行っていることからも、保険や医療には力を入れていると感じました。

 

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■難民キャンプ内の教育

続いて、教育について。
歴史を少し振り返ると、難民キャンプにおける教育分野の支援活動は1997年にタイ内務省により公式に認められたが、それは初等教育のみであった。

現在は、中等教育等への支援も認められており、また職業訓練においては2002年に正式に認められた。
教育システムは3~5歳が保育園、6~8歳が幼稚園、9~12歳が初等教育となっています。

教科に関しては、初等教育では英語、カレン語、ビルマ語、地理、算数、保険の6科目。

中等教育では、理科や歴史も教えているとのこと。
授業は基本的にカレン語で行われているが、高校以上になると英語で授業が行われる科目もある。
また近年、子どもたちの技能や感受性を高めることを目的として、手芸や音楽や絵画などの特別活動が週に一回行われている。
教材はNGOにより配布されているが、すべての子どもに教科書がいきわたっているわけではない、という問題も抱えながらの活動となっています。

 

■難民キャンプ内の衣食住

次に衣食住について。
難民キャンプの衣食住については現地のNGOである、TBBC(Thailand Burmese Border Consortium)によって支援が行われています。

衣服についてはTBBCの他にも支援を行っており、日用品や衣類が配布されています。食料については米、豆、油、とうがらし、塩、フィッシュペーストなどが配布されている。食料を受け取るためには難民本人が顔を出し、キャンプにいるということを証明する必要があり、その限りで、食料配給は絶対に行われるとのことです。

住居については難民登録が行われた後、竹、ユーカリの木そして屋根を葺く葉っぱが各家庭に配布され、難民自身が約2週間ほどで家を建てている。
近年、住居用の竹の質が低下、また伐採できる数の減少などからも住居の維持が困難になってきているという深刻な問題もあります。

 

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■難民受け入れのプロセスとは?

メラキャンプでの難民を受け入れるまでのプロセス。
セクションでの登録を進め、出身地名や名前などの基本的なデータの登録を行った後、「New arrival committee」というところで受け入れをする上での基準に沿ってジャッジし、もし基準を満たしていれば、基本的にはキャンプへの受け入れという流れとなります。

インタヴューで行われる質問は20個(人権侵害を受けたか、紛争の被害者であるかなど)だそうです。
実際に審査を行うキャンプ委員会は、普段からの経験に基づく研ぎ澄まされた洞察力で判断を行っているようです。

 

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■受け入れの基準とは

難民受け入れに際し基準は7つあるそうで、基準はすべて満たさなければいけないわけではなく、7つの基準のうち1つでも満たしていれば、受け入れを行うとのことでした。

キャンプ委員会では、優先順位(例えば、障害者、シングルペアレント、未亡人など)を設けているため、申請者の数が多い月は、優先順位として高くない潜在的な難民は翌月に受け入れを保留され、しばらく待たないといけなくなることがあるそうです。

しかし、たいてい基準を満たしている限り、申請者は全員受け入れているが、時にはビジネス目的や、第三国定住を狙ってキャンプに入ってきた人や、既に移民労働者として、労働許可書を持ち、タイで働いていた人が申請を行う場合もあり、その場合については認定対象から除外されるとのこと。

 

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また、2005年からタイ政府は難民認定を停止しており、それに対して、UNHCRをはじめ、その他、欧米のNGOなどが、タイ政府に再開の要請をしていました。

最初で述べましたが、キャンプ内の難民の数は20,000人を超えています。タイ政府からすると、もっと多くの難民を呼び寄せることになるためになってしまい、財政的、場所的にもかなりの負担になってしまします。

結局、一度タイ政府は認めましたが、4つのキャンプで行われたパイロットプロジェクトは失敗に終わってしまったとのことでした(80%の地域もあれば、5%の地域もあるなど、認定率が結局低くなってしまったため)。

 

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■登録申請中の難民はどうしているのか?

キャンプ内で暮らせますが、キャンプ申請手続きは2ヶ月ほどかかるため食料に関しては、その間は自分たちでやりくりをする必要があるそうです。

なぜなら彼らはすでに、友人や、親戚などが、キャンプ内で生活していることが多く、その助けによって何とか生活できる場合がほとんどであるとのことでした。

また、キャンプ登録申請中の全ての人の食料をまかなうことはできないが、何らかの大きな問題を抱えており自身ではどうにもできない人のためには緊急用の食料の申請ができるようになっているという配慮もなされているとのこと。

 

■難民キャンプにある大学?

歴史があり長く存在するメーラキャンプでは初等教育だけでなく、中等教育や高等教育へのニーズが高まり、高等教育施設に関してはメーラキャンプだけでも、7つあるそうで、エンジニアリング、経営、地域研究、聖書(キリスト教)、経済学などが学べるとのこと。

教鞭をとるのは難民自身で、ビルマの大学で修士号などをとっている者が務めることが多く、プロフェッショナルの教授はいないとのことです。
また、海外からのボランティアとしてくる優秀な先生もいるが、5~6か月ほどしか滞在できないので、教育の質を保つのはとても難しいと言っていました。

大学に関しては、ほとんどの先生がビルマ人難民自身であることもあり、基本的にはビルマの大学のような教育になるそうです。

また、統一的なカリキュラムも存在せず、その都度先生が独自で教えることを決めているといいます。キャンプ内の大学での教育を修了してもそれは、タイ政府により認可されているわけではなく、使えるのはキャンプ内でのコミュニティでのみであるが高等の教育施設があること、多様な学びの場があることは聞けて良かった部分でした。

 

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■労働について

実際にキャンプで知識を身に付けた難民がタイで働くケースもある。その場合は、タイで労働許可のIDなどを申請、所得することで労働に従事することができる。
またそれ自体は決して難しいことではないそうである。

大半の難民はNGOワーカーになるとのこと(TBBCや、UNHCR、SVAなど)。
職種と給料については、一番高い給料医療関係で、5,000バーツ、一番低いのはキャンプ警備の仕事で500バーツであり、この職には260名ほどいる。学校の先生は600バーツほどだそう。

しかしながら、実際にキャンプで働き、貯金をして、さらなるステップアップまで考えている人はほとんどいないとのことでした。
 

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■司法機関について

Legal assistant center(LAC)という機関があり、タイの法と国際法などに関して相談をしたいときは、ここに頼めばよいそうで、基本的にはLACが仲介となり、タイの司法組織に頼ることになるとのこと。

また、タイの裁判所に行きたい場合は、LACが裁判所や警察までの交通費や法的なアドバイスなどにかかる費用も含めてすべて、負担してくれる。
ちなみに、2011年は20件ほどあり、タイ人よりも、ビルマ人難民キャンプのケースの方がむしろ多かったとのこと。
実際に逮捕される難民もおり、その場合はタイの刑務所に収容されるとのことでした。
 


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■難民キャンプの登録更新など

2つのプロセスがある。
毎年11月末に行われるAPV(annual population verification)と、毎月の人口調査とで確認を図っているとのことです。すべての難民はこれに協力しなければいけない。

家族情報、結婚などの情報はもちろん、自分がまだ難民キャンプにいるということを証明するために必要となり、これを逃してしまうと翌年までいないキャンプにいないということになり、食料を受け取ったりすることもできなくなります。

 

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キャンプリーダーの推測によれば、20%の難民は、自分たちの村に戻っていき、本国帰還者専用に設けられた場所に住むことになる。
そして、少なくとも1年は食料や、医療などの人道支援フォローが必要になり、仕事の斡旋などの自立した定住支援にもう1年は必要になるとのことで、2年あれば、元の生活に近づいていけるでしょうとのとこでした。

継続した支援を期待するには、ビルマ国内の状況がよくなることが重要で、2014年の本選挙がカギになっていて、これが公正に行われるなら、本国帰還も進めていく事ができます。また、選挙に関しては、キャンプ内の80%の人は参加できず、できる人は年齢の高い人のみだといいます。それは、年齢が若い人はもともとキャンプで生まれ育っているので、ビルマの市民権を持っていないことが理由だそう。

というようなことをキャンプリーダーから聞いた後、SVAが運営する図書館に向かいました。

 

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ここでは、5つくらいのグループを作って交流のために、違う人の手をつかんで再び円になるゲームや、四角い紙をどんどん折っていきおんぶやだっこをして紙の上に乗るゲームを行ったり、話したりしました。また、日本語講座をしたり、ダンスをしたり、お返しに絵をもらったりして楽しい時間を過ごしました。

 

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その後、少し歩いて、広場のようなところに行きました。

 

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すると、何かの儀式でそこにいる人たちが踊っていました。
偶然このような場に立ち会えて興味深かったですし、メンバーでも一緒に踊っている人もいました。
 
この場所を後にして、キャンプ訪問は終わりました。

やはり、実際に訪れてみて、様々なギャップを感じました。

想像していたよりもずっと広く、教育に関しては整っている一方で、ビルマ国内の状況のために期間が容易にはできないことなど感じることいろいろとありました。

また、キャンプ内にいる人の笑顔はとても印象的でした。

現地で得た情報をできるだけ盛り込んでシェアできればと思い書きました。
少しでも、難民キャンプという場所、難民問題に関して、関心を抱いていただけ
たらと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

【参考】
UNHCR:
http://www.unhcr.org/cgi-bin/texis/vtx/home
TBBC:
http://www.tbbc.org/
SVA:
http://www.sva.or.jp/
J-FUN Youth:
http://www.unhcryouth.com/

追記 
1.
ビルマは日本ではよくミャンマーと呼ばれますが、もともとミャンマー(文語)もビルマ(口語)という呼び方もありました。1989年に、軍事政権下で対外的な名称としてビルマ→ミャンマーとなったのですが、日本は、それを受け入れて、ミャンマーと呼んでいます。
海外では、ビルマと呼ぶことが多く、実際現地にいる人も多くがビルマという呼称を使用しているので「ビルマ」を使わせていただきました。

2.
ビルマ人が本国へ帰還するためのID(身元確認証)の取得が複雑であったり、ビルマに帰ることができるとしても、仕事がない、もしくは賃金が安すぎて暮らしていけないなど様々な要因があり、帰還に関してはまだ時間がかかるように感じました。


【編集長の一言】
バックパッカー新聞では、学生(院生を除く)さんの原稿は募集しておりません。
しかし、今回は特に秀逸な報告レポートであり、特別に原稿を依頼して掲載いたしました。

目の前にバンコクの安宿から失敬した、実録「アジア悦楽探検」がある。
平成10年11月30日発刊の名著だ。数々の「旅バカ」ライターが書いている。
特にP140から始まる、CHAPTER5「さらに深いアジア」には魅了される。

(その中に、「内線中のアフガニスタンを行く」西牟田靖 や、「ゲリラと共にクルディスタンを旅する」麻生結 なのどがある。)


かつて、ある種のハードバックパッカー達は、それぞれに得意専門分野を持ち、その旅に賭けていた。

ある者は、旅から降り、ある者は、ジャーナリストや戦場カメラマンとなった。

そう、どんな人のどの旅も否定されるべきではない。
しかし、日本人宿にたむろする、怪しげな旅人たちは、それぞれに一格言持ち、己のプライドを賭けて、日々旅の技術を磨いていた。

なぜそんな馬鹿げたことに夢中になるのか?
それは、「旅バカ」だから。。

知りたいっ、現地に立って己の目で見極めたい、そんなバカ正直な旅人は、本当に減ってしまった。

そして今、環境や手法が変わっても、肌感で知ることができる現地主義の旅人が若い世代から出てくることは大歓迎だ!

 

Japan Backpackers Link 2012年5月31日 08:28 PM
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